YAMAHA - index


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 ヤマハ発動機の母体は、現在ヤマハ鰍ニ社名変更している日本楽器。明治初期に創立された日本楽器は楽器製作に欠かせない良質な木材を求めて天竜川河口の浜松に位置した。戦時中は木材の製造技術から軍用機のプロペラを製造したが、飛行機技術の発展にともなって金属加工技術のノウハウも会得。開戦時には軍所有の飛行機のプロペラの60%以上が日本楽器製だったといわれるほどだったが、戦争中はその工場群は爆撃のターゲットとなり、戦後GHQの接収が解除されたとき、残ったのは天竜市の佐久良工場のみだった。戦後の日本での需要と持てる設備、技術から同社はオートバイ産業への参入を決定。それが昭和27年であるからすでに国内2輪車メーカーは40社以上が乱立した状態にあった中での決定だった。

  後発の不利を補うべく外国車のコピーからスタート。当初ベース車両も2転3転してなかなか決まらなかったといわれるが、川上源一社長の一喝で急速に流れ出し、昭和29年6月28日にD.K.W. RT125に絞られてから試作車が完成する8月31日までわずか65日間というスピードだった。そこで作られたのが赤とんぼの愛称で知られるYA-1であるが、この車の量産体制が整ったのは少し先の昭和30年1月1日の浜名工場完成になる。その半年後の昭和30年7月1日、オートバイ事業は母体日本楽器から分離、ヤマハ発動機として独立する。

http://www.yamaha-motor.co.jp/ ヤマハhp。秀逸なペーパークラフトデータもあります。

ヤマハ原付二種空冷パラレルツインのサイト。HX90などの情報があり、BBSも活発です。

notes

 1974年にヤマハはラインナップの整理を図っており、市販モトクロッサーYZ、2stロードスポーツRD、4stロードスポーツTX、オフロードスポーツDTで各クラスラインナップされた。

 モノクロス市販車への初採用は1974年のYZ250.

1992年のメーカーコピーは「「あかるいスポーツ」宣言」。

1982年のメーカーコピーは「1982年、ヤマハは、夢をかたちにする。 LEADING TECHNOLOGY」。

2005/3/22発表にて、2005年4月1日以降に国内で販売する、競技用車両及び電動ハイブリッド自転車を除く二輪車の新車全車種の保証期間を従来の1年間から2年間に延長。